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風呂場で小便をすることは本当にいけないのだろうか? 否

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風呂場で小便をする輩がいる。体に付いた油分や汚れとともに膀胱から尿、ピス、黄金水と呼ばれる水分を放つ不届きな輩がいるというのである。なんとも物騒な話だ。

はたして風呂は小便をする場所であろうか、というとそうではない。決してそうではないはずである。ユニットバスにはバスタブと便器がついているが、そのまま床にしていいのではなく便器に放つべき水分、それこそが尿・ザ・ウォーターなのだろう。

ではなぜ風呂場で膀胱を緩めてはならないのか? 法律で定められているからか? いや、そのような法案が強行採決されたのであれば、SIRIDsが黙ってはいない。ではそれは神が定めたからか? いやはやご子息が血を流して罪を清めるのだ。血液がいいなら小便もまた可であるべきである。

私は「みなが悪だと思っているから、それは悪なのだ」という思考には疑問を覚えている。おそらく、この問題にもそうした思考が働いている可能性は糞便を垂らした後に小便が出てしまうほどの確率ほどは存在しているのだろう。少数派を排除せよ、という旧時代的で排他的な思想を持ち合わせてはいけないのだ。

おそらく理由は我々一般大衆が抱く「おちっこ、きちゃない」という短絡的な思想、いわゆるピスキチャナズムによるものではないだろうか?

こうなってくると、そもそも尿、ピス、黄金水、腹部ストックオロCとはなんぞやという根本的な話に戻らねばなるまい。

尿は9割以上がただの水であり、尿素を2%、ほかに塩素、ナトリウム、カリウム、マグネシウム、イオン、クレアチニン、尿酸、アンモニア、ホルモンといったものが微量に含まれているという。こうして改めて小便の成分を見てみると、ペットボトルのラベルに書かれている成分表よりも科学的ではないか。

98%の水分が汚い、というわけはもちろんあり得ない。では我々が汚そうと感じてしまうのは、やはりその名もずばり尿素であろう。尿の素、なんとも汚らしい響きであろうか。

だがしかし、尿素というと昨今の巷の婦人はハンドクリームとして率先して手に塗りこみ、その麗しい指をより美しく保っているというではないか! 乙女の味方、おしっこ様様、尿素万歳というわけである。

そうなってくると話はチョロリと変わってくる。風呂場で小便をするのは尿素によって太ももの美を追及するためである! さぁ若人よ、我々とともに小便を風呂場で垂れようではないか! 隠れることなくジョンボンジョビと尿ジャージーしようではないか!

ということを考えていたものの、会社の同僚である原宿氏が同じく同僚である永田の太ももに思いっきり小便をぶっかけている姿を見て、ああこれは汚い、絶対にこの太ももになるのは御免被ると悟ったのを思い出したので、旧時代的で排他的で短角的な小市民で居続けようと決めインターネットという便器に向けてこの文を垂れた。

 

 

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